うえぴょんす

今どきブログやってる人とかおらんやん。だからやっちゃえ\(˙꒳˙ )/

愛って深いぜ俺みたいな浅い人間でも愛ってもっと奥深くまで続いてるんだなってのは分かるぜ

人間の段階の話を聞いたことがあります。

 

人は

褒められたい

認められたい

尊敬されたい

愛されたい

愛したい

 

という段階を踏んでいくんだという話

 

 

これを聞いたのは2、3年前だけど

未だに心に残ってます。

 

 

 

さっき

学生の時の恋愛を振り返った時にふと思ったのです。

 

 

「あ、あの時の彼女って『愛したい』っていう気持ちで僕と接してくれていたんだなぁ。」

 

 

という事!

ありがたい話ですね。

そんな人が過去にいたというのは。

 

 

別にその人とよりを戻したいとか

そんな感情は

全然ないのですが

そもそもよりを戻したいと思ったとしても

別れた彼女が

今も自分の事を好きだなんていう

幻想を抱いておりませんので

安心してください!!

 

 

それはそうと

「愛したい」という気持ちを持って人と関われる心の成人の度合い?というのか

なんというのか分かりませんが

 

そこに関心したのです。尊敬の眼差しです😳

 

 

なぜそこに関心したのか、尊敬なのかを

熱く語っちゃう前に

 

まず、

その時の自分はどうだったのか

っていうと

『愛したい』っていう感情は少なかったと思います。

いや、なかった。愛なんてなかった僕には愛情なんて全くもって!クソだ!俺なんてクソ野郎だ!(卑下しすぎ)フォーーーー!!!(情緒が不安定です)

 

 

まぁ、『愛されたい』が強かったんですよね。(情緒が安定しました)

 

『愛される』ことを求めていると
その対象となる人は『好きな人』ではなく

『嫌いではない人』であればだいたいいいんだという事。

 

好きになってくれればいいから

恋愛対象に替えが効くんですよね。

 

だから軽さがあったし

自分本位でした。

 

誰かに愛される事を通して『自分はこの世に存在していいんだ』という肯定感に繋げていたのだと思います。

 

 

若いですね。笑

 

あくまで当時を振り返ってですからね。

 

今現在の自分がどうかっていう話は

してないですからね。笑

 

 

まぁ、そんな自分に対して当時の彼女は

芯があったと思うんです。

 

人を愛することができる人って

強くないですか?


『自分はこの世に存在していいんだ』という肯定感はすでに自分の中で養われていますよね?
だから愛されることよりも愛することができるんだろうなと。

 


この人よりカッコいい人、カワイイ人はたくさんいるけどこの人はこの人しかいない。

 

そんな気持ちが芽生えるから

唯一無二な存在である『好きな人』ができます。

それが多少の事ではブレない強い想いになるんだと思います。

 

強い気持ちを持っていたんだろう

と当時を振り返って感じる部分は多いわけです。

 

 

 

 

 

そんな事をふと思い出すと

当時は汲み取れなかった感情や

受け止めきれなかった愛情やら

今だからこそ、こうだったのかなと

悟ることもあるんですよね。

 

 

振り返るって

楽しいですよね。

 

自分の人生のヒントがあったりなかったり。

 

 

 

また振り返る事があったら

文章にしてみます🤫

 

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それっぽい写真載せてみるやつ。

 

参考:djあおいのお手をはいしゃく